わたしの論文「点字以前」のなかでも指摘しているが、宮内庁図書寮蔵の古賀謹堂(謹一郎)旧蔵になる古賀本、ベンジャミン・ホブソンの『全体新論』(Quan ti xin lun)乾・坤の2巻は医学史において注意すべき史料であろう。『全体新論』の書誌学的研究として以下の松本・坂井論文がある。

松本秀士・坂井建雄「『全体新論』に掲載される解剖図の出典について」日本醫史學雜誌 55(4), 463-497, 2009-12.(PDF)

論文の注7を引用する。

注7 一般に,中国・日本の各図書館の蔵書にみる合信.陳修堂撰.全体新論.咸豊元年(1851)は扉に,咸豊元年新鐫.全体新論.江蘇上海墨海書館蔵板.と あり,文末となる七十一丁裏には,羊城西関金利埠恵愛医館刊印.と記される.しかし,いずれの蔵書にも咸豊三年八月秋(1853年9月3日-同年10月2日) につくる「賛」1丁があること,7枚にまとめられたリトグラフによる解剖図がないことから,再版本であることが判別できる.

松本・坂井は1853年の賛があることを根拠に、1851年初版の『全体新論』は国内で確認できないとしている。これについて、初版にもっとも近い可能性を持っているのが古賀本『全体新論』ではないだろうか。1851年版は世界各地の図書館で確認できるが、すぐにデジタルで確認できるものといえば、グラスゴー大学図書館蔵ウェルカム・ライブラリーにて公開)、オーストラリア国立図書館蔵の同書である。陳万成「《全體新論》插圖來源的再考察-兼說晚清醫療教育的中印因緣」によれば、グラスゴー大学の同書はホブソンの家族が旧蔵していたものだという。オーストラリア国立図書館には3冊を所蔵しているが、デジタルで見られるのはこちらこちら。デジタルデータがないものはこちらの合計3冊である。

全體新論 内表紙
(グラスゴー大学図書館蔵)

全體新論 内表紙
(オーストラリア国立図書館蔵)

さて、古賀本をみると題簽には「全新論 乾」「全新論 坤」とあり、法定は270x162mm。内表紙には「咸豐元年新鐫/全新論/恵愛醫館蔵板」が紫色の用紙に印刷されている。グラスゴー大学蔵と同じ木版を使用しているように見受けられた。グラスゴー大学蔵の同書は黄土色にみえ、オーストラリア国立図書館所蔵の分に近い色合いはサツマイモのような深い紫色という違いがある(撮影環境、保存環境の違いによるものと思われる)。古賀本は後者に近い色合い。
内容について、乾は序から始まり、例言、目録、図版、本文となっている。本文は身體略論から耳官功用論までの1〜37丁。坤の本文は、臓腑功用論から造化論までの38〜71丁まで。1丁の本文をみると、1行24字、10行となっている。グラスゴー大学蔵は1冊で71丁とひとまとめになっているので、古賀本が元から分冊された可能性がおそらく高い。上述したように題簽が微妙に異なっているのと丁がリセットされていないからだ。なお、乾・坤の柱は「全體新論」のままである。

本文には古賀の手によるだろうと思われる欄外の書き込みや線が入っているので、内容を通読していたことは疑いない。とくにこの点は重要だが、松本論文で咸豊三年の根拠とする咸豊三年の賛は古賀本にはみられない。また坤の最後にある「造化論」として旧約聖書を引用し、キリストや霊魂の話がある。これについて、日本国内各地の図書館で散見される『全体新論』(たとえば安政4年版、早稲田大学蔵)には造化論が省かれている。日本で刷られたのだから当然だろう。

よって、古賀本の『全体新論』が1851年の初版に準ずるものと比定してよいと思われる。