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イングマール・ベルイマン3大傑作選において「野いちご」を観賞しました。これを選んだ理由はみたことがない、というのがあるから。今思えば、わたし自身がそうだからか、とくに研究者である方々はみておくべき作品だと思いました。

この作品は、医学者・イーサクが主人公で、自分の見る夢と旅をしているという現実を行き来する仕組みになっている。まず、家族構成について語られたあと、友達とすることは愚痴や悪口ばかりということで、友達付き合いがなく、孤独なことが語られる。研究一筋だったイーサクが名誉博士号をルンドで授与するための旅に出かけるところが大きな枠になっている。
ところが、その名誉博士号という学問上の栄誉を受けるにも関わらず、彼のみる夢のせいか、陰鬱な感じが漂っている。

過去と現実のトランジション。タイムマシンは登場しないので、おのれの「夢」を通じて過去に行くイーサク。

最初の夢は白がとても強く、人や建築のシルエットが掻き消えそうなほど。なぜか、広島の原爆を思い出しながらみていた。夏という季節のせいだろうか、ピカッと光り、人が消えて行くあの画のようなものをわたしはイーサクの夢のなかに見いだしていた。

街の時計をみるイーサク。だが、時計には針がなく、時間がわからない。懐から懐中時計を出しても針がない・・・。時間そのものを感知できない世界。医療器具という「計測」のための装置を開発したイーサクの人生と真逆の世界。

そこで馬車が走ってきて、街頭に車輪がひっかかり、それでもなお突き進もうとする馬に車輪が外れてしまう。馬車には棺桶が載っていて、それが落ちて馬車は置き去りにしてしまう・・・。棺桶には手がはみ出していて、イーサクの手をつかみ、そしてもう一人の自分が顔を覗かせる。

2回目の夢は嫁(息子の妻)が運転する車のなかで見るのですが、それは1回目の夢と違って暗い。不穏な予感のする森のなかで、かつて好きだったサーラと自分の弟が結婚したであろうシーンになり、サーラと弟がいる家のドアを叩くと試験官が現れ、医学の試験を受けるシーンへ・・・。部屋のなかに知人たちが無表情で座っていて真正面を向いている。

th_smul_berman

試験室は黒っぽい衣服のせいで、首から下が見えず、生首のよう。部屋の奥が段になっているのだろうか、人の顔が重ならず、はっきりとみえるようになっている。ムンク・・・わたしは思わずそう呟きそうになった。

munch

Edvard Munch, Evening on Karl Johan, 1892

ムンクの絵をはじめて本格的にみたのは、もうだいぶ前の世田谷美術館のムンク展のことだった。顔がこちらを向いているにもかかわらず、その奥底にある感情をうまく読み取ることができないことに戸惑ったことをよく覚えている。どう受け止めたらいいのか、その身振りがわからなかった。

試験官とやりとりをして内容を思い出したイーサクが喜んで後ろを振り返っても見物者たちは表情を変えない。

イーサクは試験官が、顕微鏡をみて何の細菌かをあてよ、と問われるが、イーサクが覗いた顕微鏡は壊れているようにしかみえず、答えられない。試験官はイーサクの車のなかで夫婦喧嘩するあのアルマン夫妻の夫!

アルマン・・・。そう呼ばれる男は、鼻が高く、切れ目のある目をしている。ファン・エイク「アルノルフィーニ夫妻の肖像画」が重なったのは「アル」という冒頭の語句と、アルマンを演じる俳優が夫の顔に似ていたからだ。夫妻は手をつないでいるが、夫をそっと見つめようとしているかのような妻に対し、夫の表情はどことなく冴えない、あの肖像画。

Van_Eyck_-_Arnolfini_Portrait

アルノルフィーニの夫に似た試験官からこの人を診断しなさい、と問われるが、イーサクが診断するとその人は死んでいた。「死んでいる」と試験官に答えると突然その女が笑い始める。その表情がドライヤー「ヴァンピール」(1932)の口を横に開いて声を立てずに笑う女がフラッシュバックする。
いや、それよりもおそろしいのはカメラワークで、イーサクに注目されていき、笑う女は徐々にフレームアウトしていくところにあった。全体が見えず、笑う口だけ残されてて表情がほとんど見えないところはわたしにとってはなんとも恐ろしいように思えた。それに・・・学問によって培ってきた知識というものがまったく通用しない世界。人の死を診断するという科学的な根拠に基づいた方法が無効化される夢の世界。なれど、それはファンタジーではなく、現実よりも現実だった。登場人物がその世界を自由に行き来するようなカメラワークが効いていて、派手なアクション映画よりもハラハラする。

試験の最後に試験官とイーサクは過去の回想へ。イーサクの妻・カーリン(故人)が出てきて、知らない男と森のなかで情事をしている。妻は夫へこのことを話すと同情してくれるだろう、と相手の男に答える・・・。イーサクはそれをみつめるシーンを試験官と回想している。辛いな・・・。

夢から覚めたイーサクは嫁やイタリアに向かうサーラ(イーサクが夢のなかでみるサーラと同じ名前、同じ女優でこれも現実と夢の境目をより曖昧にさせる)たちとルンドに向かってゆく。

でも見てよかった。名誉博士号授与式のあとの夜、息子と嫁がなんとかうまくやっていけそうな予感が漂うなかで眠りにつくのをみて、自分のこれからがグッと音を立てて深まったように思ったから。

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