トヨタ財団WS「社会の新たな価値の創出をめざして」(東京)に参加して

トヨタ財団による助成対象者ワークショップ「社会の新たな価値の創出をめざして」(東京)に参加しました。
これは助成対象者でなくとも参加することができます。これから助成を受けようとする方にはぜひ参加しておきたいイベントです。
自分の復習のために内容をまとめました。

まず、財団の担当者による趣旨説明があり、助成に関する基本的な考え方が説明されました。「先見性」「市民性」「国際性」の3つの方向性を重視し、研究助成、国内助成、国際助成の3つのプログラムを公募してきたといいます。これは財団の助成概要や年次報告書にも記されていることですが、あらためて確認しなおしたということでしょう。
このワークショップは6つの発表で構成されていますが、2件ずつ15分発表し、ディスカッションを経たのち、次の発表に移るという内容になっていました。なお、図表はすべてレジュメからスキャンしたものです。
トヨタ財団の研究助成は共同研究助成と個人研究助成がありますが、今回発表対象となった研究はいずれも「共同研究助成」でした。

最初は「宗教・公共における価値」をキーワードにする研究発表が2つ行われました。

1、牧野冬生(早稲田大学大学院アジア太平洋研究科 助教) 「カンボジアにおける『弾性型公共圏』の理論化に関する国際共同研究」
2、長岡慎介(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 准教授) 「相互扶助ファンドとイスラーム金融が創る新しい価値――ポスト資本主義をめざすコミュニティ経済哲学」

牧野研究は、現在進行中です。カンボジアにおける人身取引被害の当事者の自立プロセスの基盤をつくるという目的があるといいます。そのため、カンボジア社会を歴史と宗教からとらえる視点があるといいます。この研究にあたって、文献調査・フィールドワークを行ったといいます。写真展の開催、書籍の刊行を通じて現地社会に還元したいと主張されました。
質疑では弾性型公共圏という用語についての説明をもとめる質問がありました。公共圏という、ハーバーマスを起点にする議論において、牧野氏が論証されようとする弾性型公共圏の構造とは何か、それを示されるかどうか、重要な箇所になるだろうと思われました。とりわけ、工学的見地から「弾性」について解説された先生が印象に残っています。力を加えると形を変えるが、力をぬくと元に戻る・・・。また、非専門家としてはカンボジアのどの地域で人身取引被害があったのか、基本的な地理的な説明も欲しいように思われました。

長岡研究は、これから助成を受けて行われるものです。急激な成長をとげるイスラーム世界においては日本と同じようにコミュニティーの衰退があるといいます。また、伝統的なイスラーム世界における価値観を現代の課題に応じられるようにつくりなおすことで、コミュニティーを創造する試みがあると指摘します。
その「価値観」とは何か、またそれはどのような「貢献」をもたらしたいのか、長岡は研究したいといいます。そこで長岡が注目するのはイスラーム教徒における喜捨・寄進行為です。これは教徒においてもっとも重要な宗教行為であり、7世紀から続く伝統的なイスラーム型社会福祉制度であるとのことでした(ただし、盲人や聾者はこの制度を享ける立場ではないといいます)。
伝統的なイスラーム世界における価値観を現代の課題に応じられるようにつくりなおすことの一例として、シンガポールのケースを語りました。これまでは寄進された物件の家賃収入をモスクや慈善施設の運営にあてていた伝統的な事例がつくりなおされました。その結果、寄進物件の建て替えや一元管理、ファンドによる資金調達ということが行われるようになったといいます。

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長岡は作業仮説としてイスラーム教徒が寄進を行うのは、「天国にいくためのポイントを稼ぎたいから」とポイントカードに喩えて説明されました。すなわち、利己主義な動機としての寄進によって社会福祉が成立していると仮説を立てています。そこで助成で取り組むべき課題として、他地域や日本では活用することができるだろうかという視点も示されました。
質疑では、運動主体は何かという問いがあり、長岡は政府に近しい宗教団体であったり、草の根ネットワークであったり、多様性を示されました。また、マックス・ウェーバーとの関連も質問されました。わたしからみれば、宗教と経済を考えるうえでウェーバーは基本文献というべきで、イスラーム世界とプロテスタンティズムとの比較分析の可能性が問われたように思われます。

次は看取りと尊厳という、「死のあたらしい価値」をめぐる研究発表がありました。これは1年後、2年後の定期的な議論をみてみたいと思うような内容でした。

3、小山千加代(新潟大学大学院保健学研究科 教授) 「文化としての看取り――介護保険施設における『より良い看取り』実現への取り組み」
4、加藤泰史(一橋大学大学院社会学研究科 教授)「(認知症患者を含む)高齢者ケアの現状を踏まえた高齢者の尊厳の比較文化的 研究とそれにもとづく福祉社会の新たな可能性の探究」

小山研究は今年度から開始される研究です。5名の研究者によるプロジェクトであり、大学教員だけでなく特養のスタッフもおり、ミューチュアル・アクションリサーチという研究者と実践者の相互交流をつうじてお互いが変化していくかたちをとるといいます。

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対象は東京都内の特養であるとのことです。この研究のポイントは「介護老人保健施設において看取りを実現することの方法論の確立」であるように思われます。たしかに自宅での看取りは難しく、病院では早期退院が求められており、「死ぬ在処」の問題を小山は指摘しています。対象となる特養で看取りに関するどのような物語が展開されるか、それによって研究のストーリーが左右されるもののように思われます。

加藤研究も今年度から開始される研究です。加藤は「尊厳」をキーワードにしています。まず(1)科研費によるプロジェクトで尊厳をめぐる問題状況を哲学の視点で分析を行っているといいます。それをもとにトヨタ財団の助成にもとづく研究では、(2)高齢者の尊厳をとりまく現状を分析し、(1)(2)をまとめて新しい価値をつくりたいといいます。

加藤はスイスでは被造物に動物・植物の尊厳が導入される憲法があることを指摘しつつも、ヨーロッパでは「尊厳」は動物まではかんがえることができても、植物までは難しいのではないかという指摘があったといいます。
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また、「高齢者」の尊厳は日本独自の概念であるといいます。そこで「自分らしく生きる」ということを「尊厳」と結びつけること、またクヴァンテ『人間の尊厳と人格の自律』に基づく、人格の概念の見直しを指摘します。質疑では、認知症の人から人格を判断することが本当に可能かどうか、現場に即した疑義が示されました。

桑子敏雄先生は「文献研究だけでは採択できない、政策までつなげられるような内容を期待している」とコメントされつつ、「看取り方は残る方(亡くなるほうを見届けるほう)の論理であり、自分のことばとして使えない」と指摘されたところは重要でしょう。
わたしとして、小山は実践的で、加藤は理論的というふうに感じました。高齢者福祉の現場では両方の視点が不可欠であるようにおもえ、お互いの研究テーマを接続させることができないでしょうか。たとえば、加藤の哲学的な議論を社会において有効化するには、高齢者福祉の現場におけるフィールドワークと言葉の平易化を行うことが不可欠なように思われます。
質疑のなかで、介護ロボットによる看取りについてはどうかという問いがありました。たしかに、ロボットが介護福祉の現場に入るのは時間の問題で、孤独死の問題を解決するためにもロボットが人の死を見届けるケースも発生するでしょう。
また、「意識がないと思われるケースでは家族の判断に委ねられる。本人の心理が伝わらないとき、尊厳についてどう考えるのか?」「自分らしさとは何か、逆にいえば自分らしくないというのは?」「現場で使えるような言葉にしてほしい」という質問もありました。この質問自体、小山・加藤両方のプロジェクトを包括した総合的な議論が必要であることを意味するように思われます。それを通じて「死のあたらしい価値 — 死のありかた」に関する議論を深めることができるように思われました(だから財団はこの2つのプロジェクトをペアにするようワークショップのプログラムを組んだのだろうと考えます)。

次は「土の新しい価値」をめぐる発表が行われました。

5、太田和彦(武蔵大学 非常勤講師) 「自然資源の持続可能な保全に向けた制度設計――(仮称)土壌保全基本法の制定に向けた制度設計」
6、富田涼都(静岡大学大学院農学研究科 助教)「農の『豊かさ』を未来に継承するために――在来作物の利用と保全を例として」

太田発表は現在進行中の研究です。太田は「土壌と社会については従来の枠組ではおさまらない状況になっているのではないか」と指摘します。太田は3つのプロセスを説明します。

(1)先行事例のレビューワーク
(2)各国研究者や制度担当者との意見交換
(3)土壌保全基本法の草案作成

(1)では国内における土壌の法制度は農地の生産力や土壌汚染の規制・予防に関するものであり、包括的な価値づけがされていないといいます。国内では農林水産省、環境省、国土交通省では土壌に関する法制度に基づいて土壌の管理をしていますが、それぞれ連携することはなく、個別的に行われているといいます。

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たとえば、窒素・炭素など物質の貯蔵機能であったり、建築でいえば基礎の受け皿であったりということです。そのために土壌全体を包括する法制度が不可欠だといいます。
(2)では3つのことが説明されました。まず、国際シンポジウムの開催、アメリカ合衆国における現地調査、タイの土地開発局に対する現地調査が説明されました。
(1)と(2)に基づく(3)では、土壌保全基本法のポイントが説明されます。とくに土壌情報の更新と保全にかんする枠組・プログラムの開発が不可欠であり、土地の状態を監視する制度の重要性が述べられます。
この説明はこのプロジェクトにおいて彼らがどんなことを行って来たのか、明確に理解できるすばらしい発表であり、ひじょうに興味深くききました。それだけに質問も鋭く、たとえば海洋資源としての土地の管理、あるいは法的な意味での「土壌」の定義が曖昧であるなど、これからの展開にむけて重要な指摘がされました。

富田発表は現在進行中の研究です。静岡の在来作物をもとに、社会における価値を見出そうとするテーマです。在来作物というのは、「特定の地域で育てられ、世代を超えて伝わって来た作物である」というふうにわたしは解釈します(定義の説明はなかったのですが)。静岡には現在のところ50以上の在来作物があるといいますが、全体数を把握するには農家ごとに訪問しなければならず、限界があるといいます。
在来作物の状況について富田が指摘するのは、位置づけが生産者によってまちまちであることです。それをまとめるとモノの関係性、通時・共時的な価値の軸が見出されるといいます。

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そして、新たな価値としては

(1)多様な価値
(2)次世代の継承
(3)自律的な価値

があるといいます。質問として作物を名づけるプロセスの理論化が指摘されました。学者が名前をつけるのではなく、文化のメカニズムが解明されるべきだということです。

さて、1〜6の研究を総括すると、「言葉として表現できても社会のなかでまわっていかないといけない」という桑子先生の言葉がすべてであるように思われます。トヨタ財団が他の研究助成と差別化しているポイントでもあるのですが、自分の机上で終始させるのではなく、いかに社会とコミットしていき、フィードバックできるかという普遍的な問題です。そのための方法論として各発表者はどんなプロセスを踏もうとしているのでしょうか。
多くの研究者はその問題にたちむかうために、一般的にはシンポジウムやワークショップ、レクチャーといった各種のイベント、書籍の刊行、ウェブやSNSでの発信といった方法を取り上げています。たしかに、フォーマルな方法ですが、それだけなのでしょうか。わたしはこれまで何度か助成をうけてきましたが、どの助成でも重要だったのは、助成が終わってからのことをどう考えるかということでした。助成期間というのは、「与えられた予算を使って研究できる期間」ということです。それが終わるときに一定の成果物を出さなければなりませんが、そのあとのことをどう考えているのかということです。
わたしのケースをひとついうと、わたしは2009年に「近世から現代における大乗寺客殿の成立・性格変遷・展示及び観覧活動に関する研究」というテーマで近世寺院の一事例を研究したことがあります。この研究における現地調査は建築史を専攻している同級生とともに行いましたが、彼から新しい研究手法を学び、自分の知見をより広げることができました。この研究によって得られた成果のうち、学術的成果はこのウェブサイトのArchivesにアップロードされている論文のなかに表現していますが、これだけで終わったのではありませんでした。むしろ、この助成を通じて、美術館の学芸員や美術史家がわたしの論文を読むことで大乗寺の絵画について理解を深めたり、問題点を共有したり、また応挙の絵に魅せられた画家など大乗寺と関わろうとする人びとと交流が現在も続いています。
研究計画ではこれを「波及効果」と表現することが多いのですが、もっとファンタジーをこめていうならば、ひとつの曲が終わって、フィナーレということではなく、曲が終わっても人たちのあいだでその音楽がいつまでも残響しているということを大切にしたいと考えています。
そのような残響を保つために助成のなかに計画や費用をどう織り込んでいるのでしょうか。そのためにも、それぞれの研究がどのようなプロセスで進められたのか、予算配分とその効果、スケジュールの組み方といった「手のうち」あるいは作業のなかで失敗した事例も見てみたいというように思われました。それによって、わたし自身の研究をより洗練化できると思うからです。

このワークショップは、トヨタ財団でどんな研究が期待されているのか、どのような研究が進行中なのかを身近に感じられるすばらしい行事であると感じました。
次回は7月4日(土)京都で開催されるとのことで、トヨタ財団にかぎらず、研究助成について理解を深めたい方は参加されることをおすすめします。

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